万葉集 第5巻 897番歌/作者・原文・時代・歌・訳

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第5巻 897番歌

第5巻
歌番号 897番歌
作者 作者不詳
題詞 老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 [長一首短六首]
原文 霊剋 内限者 [謂瞻州人<壽>一百二十年也] 平氣久 安久母阿良牟遠 事母無 裳無母阿良牟遠 世間能 宇計久都良計久 伊等能伎提 痛伎瘡尓波 <鹹>塩遠 潅知布何其等久 益々母 重馬荷尓 表荷打等 伊布許等能其等 老尓弖阿留 我身上尓 病遠等 加弖阿礼婆 晝波母 歎加比久良志 夜波母 息豆伎阿可志 年長久 夜美志渡礼婆 月累 憂吟比 許等々々波 斯奈々等思騰 五月蝿奈周 佐和久兒等遠 宇都弖々波 死波不知 見乍阿礼婆 心波母延農 可尓<可>久尓 思和豆良比 祢能尾志奈可由
訓読 たまきはる うちの限りは [謂瞻州人<壽>一百二十年也] 平らけく 安くもあらむを 事もなく 喪なくもあらむを 世間の 憂けく辛けく いとのきて 痛き瘡には 辛塩を 注くちふがごとく ますますも 重き馬荷に 表荷打つと いふことのごと 老いにてある 我が身の上に 病をと 加へてあれば 昼はも 嘆かひ暮らし 夜はも 息づき明かし 年長く 病みしわたれば 月重ね 憂へさまよひ ことことは 死ななと思へど 五月蝿なす 騒く子どもを 打棄てては 死には知らず 見つつあれば 心は燃えぬ かにかくに 思ひ煩ひ 音のみし泣かゆ
かな たまきはる うちのかぎりは たひらけく やすくもあらむを こともなく もなくもあらむを よのなかの うけくつらけく いとのきて いたききずには からしほを そそくちふがごとく ますますも おもきうまにに うはにうつと いふことのごと おいにてある あがみのうへに やまひをと くはへてあれば ひるはも なげかひくらし よるはも いきづきあかし としながく やみしわたれば つきかさね うれへさまよひ ことことは しななとおもへど さばへなす さわくこどもを うつてては しにはしらず みつつあれば こころはもえぬ かにかくに おもひわづらひ ねのみしなかゆ
英語(ローマ字) TAMAKIHARU UCHINOKAGIRIHA TAHIRAKEKU YASUKUMOARAMUWO KOTOMONAKU MONAKUMOARAMUWO YONONAKANO UKEKUTSURAKEKU ITONOKITE ITAKIKIZUNIHA KARASHIHOWO SOSOKUCHIFUGAGOTOKU MASUMASUMO OMOKIUMANINI UHANIUTSUTO IFUKOTONOGOTO OINITEARU AGAMINOUHENI YAMAHIWOTO KUHAHETEAREBA HIRUHAMO NAGEKAHIKURASHI YORUHAMO IKIDUKIAKASHI TOSHINAGAKU YAMISHIWATAREBA TSUKIKASANE UREHESAMAYOHI KOTOKOTOHA SHINANATOOMOHEDO SABAHENASU SAWAKUKODOMOWO UTSUTETEHA SHINIHASHIRAZU MITSUTSUAREBA KOKOROHAMOENU KANIKAKUNI OMOHIWADURAHI NENOMISHINAKAYU
この世に命ある限り、(仏典には人間の寿命は百二十年」とある。)安らかで平穏でありたい。何事もなく、喪の悲しみもなくありたい。世の中の憂鬱なこと辛いことは格別、痛い傷に辛い塩を注ぐがごとく、ただでさえ重い馬の荷にさらに上荷を積むような行為。すなわち、老いさらばえた我が身に重病まで加えられてはたまらない。日中は嘆きつつ暮らし、夜は夜でため息をついて暮らす。そんな暮らしを長年月重病のまま続け、こんなことならいっそ死のうと思う。けれども、食べ物を求めて蝿のように騒ぐ子らをうち棄てることもかなわず、死ぬに死ねない。こんな現状を見ていると、心では生きなければという思いが燃え上がる。そんなこんなで思い煩い、声を出して泣けてくる。
左注 (天平五年六月丙申朔三日戊戌作)
校異 等 壽 [紀][細] / け 鹹 [矢][京] / <> 可 [西(右書)][紀][細][温]
用語 作者:山上憶良、仏教、儒教、老、嘆き、子供、天平5年6月3日、年紀
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