万葉集 第5巻 800番歌/作者・原文・時代・歌・訳

第5巻800番歌はこちらにまとめました。

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第5巻 800番歌

第5巻
歌番号800番歌
作者作者不詳
題詞令反<或>情歌一首[并序] / 或有人 知敬父母忘於侍養 不顧妻子軽於脱l 自称<倍>俗先生 意氣雖揚青雲之上 身體猶在塵俗之中 未驗修行得道之聖 蓋是亡命山澤之民 所以指示三綱更開五教 遣之以歌令反其<或> 歌曰
原文父母乎 美礼婆多布斗斯 妻子見礼婆 米具斯宇都久志 余能奈迦波 加久叙許等和理 母<智>騰利乃 可可良波志母与 由久弊斯良祢婆 宇既具都遠 奴伎都流其等久 布美奴伎提 由久智布比等波 伊波紀欲利 奈利提志比等迦 奈何名能良佐祢 阿米弊由迦婆 奈何麻尓麻尓 都智奈良婆 大王伊摩周 許能提羅周 日月能斯多波 雨麻久毛能 牟迦夫周伎波美 多尓具久能 佐和多流伎波美 企許斯遠周 久尓能麻保良叙 可尓迦久尓 保志伎麻尓麻尓 斯可尓波阿羅慈迦
訓読父母を 見れば貴し 妻子見れば めぐし愛し 世間は かくぞことわり もち鳥の かからはしもよ ゆくへ知らねば 穿沓を 脱き棄るごとく 踏み脱きて 行くちふ人は 石木より なり出し人か 汝が名告らさね 天へ行かば 汝がまにまに 地ならば 大君います この照らす 日月の下は 天雲の 向伏す極み たにぐくの さ渡る極み 聞こし食す 国のまほらぞ かにかくに 欲しきまにまに しかにはあらじか
かなちちははを みればたふとし めこみれば めぐしうつくし よのなかは かくぞことわり もちどりの かからはしもよ ゆくへしらねば うけぐつを ぬきつるごとく ふみぬきて ゆくちふひとは いはきより なりでしひとか ながなのらさね あめへゆかば ながまにまに つちならば おほきみいます このてらす ひつきのしたは あまくもの むかぶすきはみ たにぐくの さわたるきはみ きこしをす くにのまほらぞ かにかくに ほしきまにまに しかにはあらじか
英語(ローマ字)CHICHIHAHAWO MIREBATAFUTOSHI MEKOMIREBA MEGUSHIUTSUKUSHI YONONAKAHA KAKUZOKOTOWARI MOCHIDORINO KAKARAHASHIMOYO YUKUHESHIRANEBA UKEGUTSUWO NUKITSURUGOTOKU FUMINUKITE YUKUCHIFUHITOHA IHAKIYORI NARIDESHIHITOKA NAGANANORASANE AMEHEYUKABA NAGAMANIMANI TSUCHINARABA OHOKIMIIMASU KONOTERASU HITSUKINOSHITAHA AMAKUMONO MUKABUSUKIHAMI TANIGUKUNO SAWATARUKIHAMI KIKOSHIWOSU KUNINOMAHORAZO KANIKAKUNI HOSHIKIMANIMANI SHIKANIHAARAJIKA
父母を見れば貴く、妻子を見れば可愛くいとしい。この世のこれが当然のことわりぞ。もちにかかったもち鳥のように離れがたい。行く末がどうなるか分からないのに、穴の空いたくつを脱ぎ捨てるように安易に行ってしまう(死ぬような)人は、情を持たない岩や木から出来た人なのか。君の名は何という。天界に行ってしまえば君の思いのままかも知れない。が、この地上は大君がいらっしゃって照り輝く国ぞ。日月のもと、天雲のたなびく果て、ヒキガエルが渡って行く先まで、大君がお治めになっている素晴らしい国ぞ。天界に行くよりも、こんなわけで、ここに留まるのが道理というものではないか。
左注(神龜五年七月廿一日於嘉摩郡撰定 筑前國守山上憶良)
校異惑 或 [紀][細] / 歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌 / 畏 倍 [紀] / 歌令 [西] 謌令 [西(訂正)] 歌令 / 惑 或 [紀][細] / <> 智 [西(右書)][紀][細] / 可可 [紀][細][温] 可々
用語作者:山上憶良、国司、逃亡民、儒教、教喩、道教、福岡、地名、神亀5年7月21日、年紀