阿倍継麻呂が書いた万葉集

阿倍継麻呂が書いた万葉集についてまとめました。

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掲載数 全 5 首

歌番号 本歌
第15巻3656番歌 秋萩ににほへる我が裳濡れぬとも君が御船の綱し取りてば
第15巻3668番歌 大君の遠の朝廷と思へれど日長くしあれば恋ひにけるかも
第15巻3700番歌 あしひきの山下光る黄葉の散りの乱ひは今日にもあるかも
第15巻3706番歌 玉敷ける清き渚を潮満てば飽かず我れ行く帰るさに見む
第15巻3708番歌 物思ふと人には見えじ下紐の下ゆ恋ふるに月ぞ経にける
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阿倍継麻呂とは?

阿倍継麻呂(読み:あべのつぐまろ)
?-737 奈良時代の官吏。遣新羅大使。
天平8年に遣新羅大使となり、新羅(朝鮮)にわたる。そのときによんだ歌が随行の次男の歌とともに「万葉集」巻15におさめられている。帰国の途中の天平9年1月対馬(長崎県)で病死した。また、残った遣新羅使たちが奈良に帰ってくると、間もなく天然痘が大流行した。天然痘は日本全国まで広がり、約100~150万人と死者を出したと言われている。貴族も例外ではなく多くの死者を出し、朝廷の政務がほぼ停止状態になるほどの大問題になった。(天平の疫病大流行と言われている。)

万葉集の第15巻は、阿倍継麻呂たちが遣新羅使として新羅へ渡り、そして戻ってくるまでの流れを物語風に歌にしている。

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