左注に「右は守大伴宿祢家持の歌」とある。
この後、大伴家持の歌は残されていない。もちろん、その後も家持自身が歌を作っていたのではと思われるが、万葉集では最後の歌となる。
本歌の大伴旅人が開いた梅花の宴のような歌であるように、平和な世界が重ねて続くようにあって欲しいと願う。(令和元年)