万葉集 第20巻 4465番歌/作者・原文・時代・歌・訳

第20巻4465番歌はこちらにまとめました。

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第20巻 4465番歌

第20巻
歌番号4465番歌
作者大伴家持
題詞喩族歌一首[并短歌]
原文比左加多能 安麻能刀比良伎 多可知保乃 多氣尓阿毛理之 須賣呂伎能 可未能御代欲利 波自由美乎 多尓藝利母多之 麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖 於保久米能 麻須良多祁乎々 佐吉尓多弖 由伎登利於保世 山河乎 伊波祢左久美弖 布美等保利 久尓麻藝之都々 知波夜夫流 神乎許等牟氣 麻都呂倍奴 比等乎母夜波之 波吉伎欲米 都可倍麻都里弖 安吉豆之萬 夜萬登能久尓乃 可之<波>良能 宇祢備乃宮尓 美也<婆>之良 布刀之利多弖C 安米能之多 之良志賣之祁流 須賣呂伎能 安麻能日継等 都藝弖久流 伎美能御代々々 加久左波奴 安加吉許己呂乎 須賣良弊尓 伎波米都久之弖 都加倍久流 於夜能都可佐等 許等太弖C 佐豆氣多麻敝流 宇美乃古能 伊也都藝都岐尓 美流比等乃 可多里都藝弖C 伎久比等能 可我見尓世武乎 安多良之伎 吉用伎曽乃名曽 於煩呂加尓 己許呂於母比弖 牟奈許等母 於夜乃名多都奈 大伴乃 宇治等名尓於敝流 麻須良乎能等母
訓読久方の 天の門開き 高千穂の 岳に天降りし 皇祖の 神の御代より はじ弓を 手握り持たし 真鹿子矢を 手挟み添へて 大久米の ますらたけをを 先に立て 靫取り負ほせ 山川を 岩根さくみて 踏み通り 国求ぎしつつ ちはやぶる 神を言向け まつろはぬ 人をも和し 掃き清め 仕へまつりて 蜻蛉島 大和の国の 橿原の 畝傍の宮に 宮柱 太知り立てて 天の下 知らしめしける 天皇の 天の日継と 継ぎてくる 君の御代御代 隠さはぬ 明き心を すめらへに 極め尽して 仕へくる 祖の官と 言立てて 授けたまへる 子孫の いや継ぎ継ぎに 見る人の 語り継ぎてて 聞く人の 鏡にせむを 惜しき 清きその名ぞ おぼろかに 心思ひて 空言も 祖の名絶つな 大伴の 氏と名に負へる 大夫の伴
かなひさかたの あまのとひらき たかちほの たけにあもりし すめろきの かみのみよより はじゆみを たにぎりもたし まかごやを たばさみそへて おほくめの ますらたけをを さきにたて ゆきとりおほせ やまかはを いはねさくみて ふみとほり くにまぎしつつ ちはやぶる かみをことむけ まつろはぬ ひとをもやはし はききよめ つかへまつりて あきづしま やまとのくにの かしはらの うねびのみやに みやばしら ふとしりたてて あめのした しらしめしける すめろきの あまのひつぎと つぎてくる きみのみよみよ かくさはぬ あかきこころを すめらへに きはめつくして つかへくる おやのつかさと ことだてて さづけたまへる うみのこの いやつぎつぎに みるひとの かたりつぎてて きくひとの かがみにせむを あたらしき きよきそのなぞ おぼろかに こころおもひて むなことも おやのなたつな おほともの うぢとなにおへる ますらをのとも
英語(ローマ字)HISAKATANO AMANOTOHIRAKI TAKACHIHONO TAKENIAMORISHI SUMEROKINO KAMINOMIYOYORI HAJIYUMIWO TANIGIRIMOTASHI MAKAGOYAWO TABASAMISOHETE OHOKUMENO MASURATAKEWOWO SAKINITATE YUKITORIOHOSE YAMAKAHAWO IHANESAKUMITE FUMITOHORI KUNIMAGISHITSUTSU CHIHAYABURU KAMIWOKOTOMUKE MATSUROHANU HITOWOMOYAHASHI HAKIKIYOME TSUKAHEMATSURITE AKIDUSHIMA YAMATONOKUNINO KASHIHARANO UNEBINOMIYANI MIYABASHIRA FUTOSHIRITATETE AMENOSHITA SHIRASHIMESHIKERU SUMEROKINO AMANOHITSUGITO TSUGITEKURU KIMINOMIYOMIYO KAKUSAHANU AKAKIKOKOROWO SUMERAHENI KIHAMETSUKUSHITE TSUKAHEKURU OYANOTSUKASATO KOTODATETE SADUKETAMAHERU UMINOKONO IYATSUGITSUGINI MIRUHITONO KATARITSUGITETE KIKUHITONO KAGAMINISEMUWO ATARASHIKI KIYOKISONONAZO OBOROKANI KOKOROOMOHITE MUNAKOTOMO OYANONATATSUNA OHOTOMONO UDITONANIOHERU MASURAWONOTOMO
天界の門を押し開いて、高千穂の峰に天降られた皇祖の神の時代。ハジ木の弓を手に握りしめ、戦闘用の矢を手に挟んだ大久米のつわものを先頭にたてられた。矢を入れた靫(ゆき)を背に負い、山川の岩々を踏み分けて踏み通り、居着く国を探し求めて、ちはやぶる土地の神々を平定なさった。また、服従しない人々を和らげられ、掃き清められ、仕えまつるようにされた。その上で、蜻蛉島なる大和の国の橿原(かしはら)の地の畝傍(うねび)に立派な宮柱を立てて宮をお作りになり、その宮にお入りになった。そうして天下を治められた。その後、天皇の御代は続き、その代々にわたって曇りのない明朗な心で天皇に極め尽くしてきた。そうした先祖代々の官だぞと言葉にして授けて下さった大伴の家。行く先々、子孫に伝える家柄であることを、目にする人、ないし語り継いで耳にする人々の鏡にしてほしい。おろそかにしては惜しくもったいない、清らかな名跡なのだよ。だからぞんざいに考えて、かりそめにも先祖の名を絶やしてはならない。大伴という氏と名を背負っている一族の者たちよ。
左注(右縁淡海真人三船讒言出雲守大伴古慈斐宿祢解任 是以家持作此歌也)(以前歌六首六月十七日大伴宿祢家持作)
校異短歌 [西] 短謌 / 婆 波 [元] / 波 婆 [元][紀][細] / 左 [紀][細] 佐
用語天平勝宝8年6月17日、年紀、作者:大伴家持、枕詞、氏族意識、大伴古慈悲、説教、淡海三船
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解説

「~皇祖の」は、天皇の先祖である天照大御神の孫神、邇邇芸命(ににぎのみこと)が日向の高千穂に天降ったことを指す。「はじ弓」はハジの木で出来た弓。ハジとは山漆(やまうるし)のこと。「真鹿子矢(まかごや)」は鹿を射る狩り用の矢だが、ここでは人との戦闘に使われる征矢(そや)のことを指している。「大久米」は、家持が4094番歌で「大伴の遠つ神祖のその名をば大久米主と負ひ持ちて~」と記している。つまり、「大伴家は由緒正しい家柄」という意味の歌になる。「岩根さくみて」は「岩根を踏み分けて」、「国求(ま)ぎしつつ」は「国を求めて」である。「隠さはぬ」は「隠し事のない」もしくは「曇りのない」という意味。「おぼろかに」は「おろそかに」もしくは「ぞんざいに」という意味。