万葉集 第19巻 4211番歌/作者・原文・時代・歌・訳

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第19巻 4211番歌

第19巻
歌番号 4211番歌
作者 大伴家持
題詞 追同處女墓歌一首[并短歌]
原文 古尓 有家流和射乃 久須婆之伎 事跡言継 知努乎登古 宇奈比<壮>子乃 宇都勢美能 名乎競争<登> 玉剋 壽毛須底弖 相争尓 嬬問為家留 D嬬等之 聞者悲左 春花乃 尓太要盛而 秋葉之 尓保比尓照有 惜 身之壮尚 大夫之 語勞美 父母尓 啓別而 離家 海邊尓出立 朝暮尓 満来潮之 八隔浪尓 靡珠藻乃 節間毛 惜命乎 露霜之 過麻之尓家礼 奥墓乎 此間定而 後代之 聞継人毛 伊也遠尓 思努比尓勢餘等 黄楊小櫛 之賀左志家良之 生而靡有
訓読 古に ありけるわざの くすばしき 事と言ひ継ぐ 智渟壮士 菟原壮士の うつせみの 名を争ふと たまきはる 命も捨てて 争ひに 妻問ひしける 処女らが 聞けば悲しさ 春花の にほえ栄えて 秋の葉の にほひに照れる 惜しき 身の盛りすら 大夫の 言いたはしみ 父母に 申し別れて 家離り 海辺に出で立ち 朝夕に 満ち来る潮の 八重波に 靡く玉藻の 節の間も 惜しき命を 露霜の 過ぎましにけれ 奥城を ここと定めて 後の世の 聞き継ぐ人も いや遠に 偲ひにせよと 黄楊小櫛 しか刺しけらし 生ひて靡けり
かな いにしへに ありけるわざの くすばしき ことといひつぐ ちぬをとこ うなひをとこの うつせみの なをあらそふと たまきはる いのちもすてて あらそひに つまどひしける をとめらが きけばかなしさ はるはなの にほえさかえて あきのはの にほひにてれる あたらしき みのさかりすら ますらをの こといたはしみ ちちははに まをしわかれて いへざかり うみへにいでたち あさよひに みちくるしほの やへなみに なびくたまもの ふしのまも をしきいのちを つゆしもの すぎましにけれ おくつきを こことさだめて のちのよの ききつぐひとも いやとほに しのひにせよと つげをぐし しかさしけらし おひてなびけり
英語(ローマ字) INISHIHENI ARIKERUWAZANO KUSUBASHIKI KOTOTOIHITSUGU CHINUWOTOKO UNAHIWOTOKONO UTSUSEMINO NAWOARASOFUTO TAMAKIHARU INOCHIMOSUTETE ARASOHINI TSUMADOHISHIKERU WOTOMERAGA KIKEBAKANASHISA HARUHANANO NIHOESAKAETE AKINOHANO NIHOHINITERERU ATARASHIKI MINOSAKARISURA MASURAWONO KOTOITAHASHIMI CHICHIHAHANI MAWOSHIWAKARETE IHEZAKARI UMIHENIIDETACHI ASAYOHINI MICHIKURUSHIHONO YAHENAMINI NABIKUTAMAMONO FUSHINOMAMO WOSHIKIINOCHIWO TSUYUSHIMONO SUGIMASHINIKERE OKUTSUKIWO KOKOTOSADAMETE NOCHINOYONO KIKITSUGUHITOMO IYATOHONI SHINOHINISEYOTO TSUGEWOGUSHI SHIKASASHIKERASHI OHITENABIKERI
遠い昔にあったという、世にも不思議な出来事として言い伝えられてきた、智渟壮士(ちぬをとこ)と菟原壮士(うなひをとこ)の乙女をめぐる伝説。二人は、現世に名を争い、命がけで、乙女に求婚争いを繰り広げた。乙女の伝説は聞くも悲しい。、春の花のように光り輝き、秋の紅葉のように美しい、女盛りでありながら、男たちの求婚争いが辛く、父母に事情を告げて家を出、海辺にたたずんだ。朝に夕に満ちてくる潮の幾重にも寄せてくる波になびく玉藻を眺めた。その玉藻の一節もない、貴重な命なのに、はかない露霜のように消え果ててしまった。墓所をここと定めて後の世の人たちも語り継いで、乙女を偲ぶよすがにしようと、当時の人は、乙女の黄楊の小櫛をしっかりと刺したらしい。それが生え育って、浜風に靡いている。
左注 (右五月六日依興大伴宿祢家持作之)
校異 牡 壮 [元][類][文][紀] / 等 登 [元][類][文][紀]
用語 天平勝宝2年5月6日、年紀、作者:大伴家持、追同、田辺福麻呂、高橋虫麻呂、依興、物語、兎原娘子、高岡、富山、兵庫、神戸
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