額田王が書いた万葉集

額田王が書いた万葉集についてまとめました。

掲載数 全 13 首

歌番号 本歌
第1巻7番歌 秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の宮処の仮廬し思ほゆ
第1巻8番歌 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
第1巻9番歌 莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子がい立たせりけむ厳橿が本
第1巻16番歌 冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は
第1巻17番歌 味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや
第1巻18番歌 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや
第1巻20番歌 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
第2巻112番歌 いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと
第2巻113番歌 み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく
第2巻151番歌 かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを [額田王]
第2巻155番歌 やすみしし 我ご大君の 畏きや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや ももしきの 大宮人は 行き別れなむ
第4巻488番歌 君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く
第8巻1606番歌 君待つと我が恋ひをれば我が宿の簾動かし秋の風吹く

額田王とは?

額田王(読み:ぬかたのおおきみ)
630頃-690頃 皇族。女性。万葉集初期の女流歌人。
万葉集に関する書籍では必ず目にする人物である。

同じ万葉女流歌人で藤原鎌足の室となった鏡王女の姉とする説があり、逆に鏡王女とは「額田王本人ではないか?」という意見があったりと、この辺りに関しては現在不明である。

天武天皇に愛されて十市皇女を産んだが、のちに天智天皇の後宮に入ったとされている。つまり、天武天皇の妻でありながらも、天智天皇に愛されていたという三角関係が考えられ、「もしかしたら、額田王は美人だったのでは?」という俗説も生まれた。
この天智天皇、大海人皇子兄弟の不仲、前者の子大友皇子と大海人皇子との争い、壬申の乱などには彼女の影響が少なからずあると考えられる。(額田王が有名なのは、この三角関係から。)

職業的歌人とする説もあるが、そもそも歌人という職業は存在しない。皇族なので、食べることに不自由は無かったのだろう。

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